先生の最近のご研究について紹介させていただきます。
3D光情報処理による未来の創造 - 北海道大学大学院情報科学研究科 岡本 淳
身の回りにある3D光情報を光のまま処理をする、あるいは、コンピュータの中に取り込んで様々な処理を行い、結果を3D光情報に変換する。この技術を確立することによって、ICT(Information and Communication Technology)をより高速・高精度・高機能なものに変革すると共に、光の特性を活かした環境・エネルギーへの貢献を通して、持続可能な未来社会を創造すること目標にしています。
研究領域: 情報フォトニクス、光情報処理、情報光学、光ICT、光エレクトロニクス
- 応用分野: 3D光計測、3D光表示、次世代光通信、OCT(光断層計測)
- 要素技術1: 光学ホログラム、デジタルホログラム、位相計測、光複素振幅計測
- 要素技術2: 光複素振幅生成、光学位相共役、デジタル位相共役、空間光変調
- 要素技術3: 仮想光情報処理、仮想光学処理、仮想位相共役
〔見えないものを見る〕光複素振幅計測技術とデジタルホログラム
3D光情報は、強度と位相の2つの要素を持っていますが、これを直交振幅あるいは複素振幅と呼んでいます。実際、われわれの眼やイメージセンサで見えるものは、この複素振幅の内の光強度の成分だけになり、この点が従来型の光情報処理における大きな制約となっていました。位相を含めた光複素振幅を計測する技術にデジタルホログラムがありますが、従来は、計測速度と空間的な解像度を両立することは難しく、複数回の撮像によって光複素振幅の空間分布を計測していました。このような状況の中で、先生の研究グループは、1回の撮像で、高解像度な光複素振幅計測を可能にするホログラフィックダイバーシティ干渉法(HDI)を発明しています。HDIにおいては、2台のカメラを僅かに位相差のある偏光光学系に配置することによって、シングルショットかつ空間補完誤差の無い光複素振幅計測を実現しています。
このHDIの出現によって、われわれが見たままの3D光情報を瞬時にコンピュータの中に取り込むことが可能になりました。その応用は、後述する次世代光通信や生体計測などを含め様々に広がっています。その一例として、現在、自動車会社との共同研究により部品の欠陥等を光位相計測を用いて高速・高精度を見つけ出すための研究開発を推進しています。
〔時間を戻す魔法の鏡〕光複素振幅生成技術とデジタル位相共役
光複素振幅計測技術と対をなす技術が光複素振幅生成技術であり、これはコンピュータ内のデータから眼に見える光の情報を生成するきわめて実用度の高い技術になります。現状のテレビやディスプレイで再現されるのは複素振幅に含まれる光強度の成分だけであり、光の位相を正確に再現する技術が求められてきました。位相を含めた光複素振幅を生成する技術にCGH(コンピュータ生成ホログラム)がありますが、この方法は、表示空間解像度よりも多くの物理空間解像度を必要とするため、3Dホログラムディスプレイを実用化する上での大きな障害になってきました。このような状況の中で、先生の研究グループは、仮想光学処理の導入による高解像度な光複素振幅生成を可能にする空間クロスモジュレーション法(SCM)を発明しています。さらに高精度な複素振幅生成技術として、2台の空間光変調器を用いるデュアル位相変調法(DPM)を開発し、空間解像度の低下や変換誤差の生じない理想的な光複素振幅生成を実現しています。
光複素振幅生成技術の直接的に応用は、3Dホログラムディスプレイになります。これは現行の3Dテレビとは根本的に異なるもので、原理的には、実物と見分けがつかない映像表現を可能にする技術です。また、光複素振幅生成技術の応用はディスプレイに限定されるものではなく、例えは、前述した光複素振幅計測技術と組み合わせることで、「デジタル位相共役器」を構成することが可能になります。位相共役波というのは、時間反転波と呼ばれる不思議な波で、現在の波面情報から過去の波面情報に遡ることのできる非常に魅力的なテクノロジーになります。過去を変えることはできませんが、過去の世界を辿ることができる一種のタイムマシンが可能になります。現在、この位相共役波を用いて、次世代光通信や生体断層計測など様々な新しい研究を展開しています。
〔1本の光ファイバが数100本分の光ファイバに〕空間モード光通信技術MDM
ICTの普及に伴い、インターネットトラフィックが爆発的な増加を続けています。この影響で後5~10年ほどでネット回線が飽和するといわれており、大幅な技術開発が急務となっています。光ファイバの伝送容量を高める新しい技術に、モード分割多重(MDM)があります。MDMでは、複数の異なる空間モードを用いて多重化を行いますが、実際には、空間モード毎に変調された光信号同士が混ざってしまい、それらを分離することは容易ではありません。先生は、空間モード通信の黎明期である2008年頃に、早くも体積ホログラムを用いた空間モード分離器を考案し、国際特許を取得しています。
空間モード通信はその後国内外の多くの研究グループが参入し、最近では光技術におけるホットな研究分野の一つになっています。このような状況において、先生の研究グループは、先に述べた体積ホログラムによるモード分離器の他にも、様々なデバイス・システムの研究開発を進めています。この分野では、北大にしかないオリジナル技術を活用するために企業との共同研究も活発に行っています。特に、空間光変調器を通信光学系に導入することで、光信号の検出・分離・抽出・制御を行う研究を推進しています。これら研究の中では、これまで開発してきた光複素振幅検出・生成技術ならびに位相共役光学が様々な形で応用されています。
〔夢の集大成〕仮想位相共役による高精度な3D断層影像法・次世代光CT
光技術の大きな潮流の一つにバイオオブティクスの分野があります。その中で、先生が特に注目しているのは、OCTなどにみられる光断層計測の研究になります。従来のOCTは、光のコヒーレンス干渉を用いて、物体の深さ方向を計測する技術で、医療用診断機器等ですでに実用化されています。これに対して、先生のグループでは、2011年頃から、複素振幅計測技術と複素振幅生成技術を組み合わせることによって実現されるデジタル位相共役器を用いた生体計測に関する研究発表を行っています。デジタル位相共役器を用いた光断層計測は、これまでのOCTとは全く異なる原理に基づくもので、計測分解能の大幅向上や機械的スキャンがまったく不要になるなどの大きなアドバンテージがあります。
デジタル位相共役をさらに発展されたものに仮想位相共役があります。仮想位相共役では、物理的な光学系をコンピュータ内にモデリングして、コンピュータ内で位相共役演算を実行しようとする全く新しい試みです。物理光学系が持つ様々な不完全性から解放され精度が向上するとともに、コンピュータ内での仮想情報処理は、物理光学系では設定が困難な様々な処理を実装することが可能になります。