研究フォーラムOPTNETは、光技術の研究と若手研究者の育成を目的として、北海道大学の岡本淳先生を中心にしたメンバにより、1997年に設立されました。以来20年間にわたり、北海道大学大学院情報科学研究科光エレクトロニクス研究室を活動の拠点として、連携する多数の研究者ならびに研究室と共に日々活動を続けています。本サイトはOPTNET設立20周年を記念して、これから研究を目指す若手の方々への情報提供を目的として、2017年8月にリニューアル・オープンいたしました。まずは、岡本淳先生から皆様へのメッセージを掲載いたします。
光を用いて凄く面白いことを研究しよう〔光と情報とエレクトロニクスの融合〕
情報フォトニクス(Information photonics)と呼ばれる研究分野には、光情報処理、光記録、光制御、光計測、光通信システム、表示(ディスプレイ)など様々なキーワードが隠されていますが、分かりやすく言えば、『光を用いて凄く面白いことを研究しよう』ということなんだと思います。ここで、面白いことという中身が、あなたの夢を実現するための情報処理なのであり、情報を有する光を制御する際に必要となるのがあなたが学んだエレクトロニクスになるのだと思います。そんな思いの下、具体的に手がけている研究テーマとしては、「見えないものを見るための技術であるHDI(Holographic diversity interferometry)」、「1本の光ファイバを数100本分の光ファイバとして用いる空間モード通信」であるとか、「時間を戻す魔法の鏡といわれる位相共役波とこれを活用した3次元光計測技術」などを考えてきたわけです。
光技術の研究をして面白いところは、学問領域と産業領域がとても近いところにあることかもしれません。これはあなたが研究したことが、意外に早く実用化に結びつく可能性があるということだと思います。実用化を目指した研究はかなり臨場感があります。私自身の研究を振り返っても、以前に科学研究費補助金によって実施した基礎研究が、ここ数年で、それらを応用・実用化するために企業と共同研究する案件が増えています。具体例としては、平成27年に、北海道大学において4番目の産業創出部門である「オプトクエスト次世代光デバイス研究開発部門」が設置されました。これは私がここ数年来手がけてきたホログラム技術を実用化するためのもので、現在この部門の担当教員として、企業の研究者の方々と共に光通信システムの高度化にかかわる研究プロジェクトを推進しています。
https://www.jst.go.jp/tt/mext/pdf/01_presentation20160826.pdf
今、なぜ、光なのか〔鏡に映せば見えるもの〕
最初に光の研究は面白いということを述べましたが、現実問題としては面白いだけで不十分で、「役に立つ」という要素も必要になりますね。役に立つということには二つの側面があって、一つは、あなたが「社会の役に立てる」こと。大学ではひとまずこちらの側面だけを教えられると思うのですが、例えば、光の有する高速性や低損失性に着目した技術開発をすれば、情報通信・環境・エネルギーなどの分野で色々と社会の役に立てるような気がしてきますね。その流れで、私が、特に重視してきたのは、光の有する空間並列性の部分になります。空間並列性というと同時にたくさんの処理を実現しようという、CPUでいえばマルチコアの凄いやつというようなイメージになります。
さて、先に述べました役に立つことのもう一つの側面に話は移りますが、その答えは、社会ではなく「あなた自身の役に立つか」ということになると思います。こちらは言われてみればきわめて当然なのですが、たとえ研究が楽しくても生活が安定しないことにはお話になりません。この観点からは、現在の若い学生さんが、これから光の研究を進めるメリットとしては、イメージセンサ、カメラ、LEDなど、日本が世界でトップのシェアを有する産業の多くが光テクノロジー関連であることは注目に値すると思います。つまり、大学時代に光の研究を手がけておくことは、卒業後に日本企業への就職を考える人になっては、大きなアドバンテージになるということです。あなたが大学で学んだ知識を直接に用いて活躍したいと思うことは、とてもナチュラルな発想だと思いますが、嬉しいことに私が指導した学生さんたちは、それを自ら実現して行っています。
教科書に書かれていないこと〔鏡に映しても見えないもの〕
日本では、主として教科書に書かれていることを先生が黒板に示し、それをノートに写して覚える、この手の勉強という作業をおおよそ小学校から大学まで15年くらいは続けることになります。大学3年にもなると、もう勉強はうんざりという学生さんも多いかもしれません。しかし、卒業論文を経て大学院に入学するところから、あなたの生活の中心は、これまでの「勉強」から、「研究」へ大きくシフトして行きます。この「研究」とはこれまでの「勉強」とはまったく方向の異なるもので、『教科書に書いてあることを覚える』のではなく、『教科書に書かれていないことを自分の力で見つけること』になるだと思います。
世間では、「大学で勉強したことなど実社会では役に立たない」、だから、勉強する意味はあまりないと言うようなことをしばしば耳にしますが、私が思うに、悲しいことにそれは、『役に立たないのでなく、役に立て方を知らないだけ』ということになります。そもそも大学院大学は、将来の研究者を育てることを目的に設置されていますが、実際のところ、私が指導した学生の多くが何らかの形で研究の道へ進んでおり、そんな彼らが大学で学んだことを仕事で活かしていない訳が無いと考えています。これから大学あるいは大学院に進もうと考えておられる方々には、是非、卒業するために大学に入学するのではなく、勉強あるいは研究を身につけるために大学に来てほしいと思っています。
スキルより大切なもの
最近では、インターンシップや海外留学など、いろいろな場面を経験することで研究力を身につけるという流れが主流になっているようです。これに対して、私の教育に対する考え方は、いささか異なると言いますか、どちらかと言えば、人から学ぶ、自分の信じる指導教員にとことん付いて行ってそこから学ぶというスタイルになります。これはつまり古くからある『師匠と弟子の関係』、例えて言うならば、映画スターウォーズにおける「マスター」と「パダワン」のような関係になります。何故これを重視するかといえば、コミュ力とか実験スキル・計算スキルを鍛えるだけでは、技術者にはなれても、研究者にはなれないと思うからです。私は、研究者の力の源泉は、新しいことを自ら生み出す能力にあると信じています。それは言葉で伝えることのできない不思議な感性で、長い時間、間近にいることよって転写されると考えています。私が学生に対してすべきことは、壮大な実験装置を駆使して何かを成し遂げた気分にさせることではなく、たとえ小さくても実際に新しいものを生み出す力を身につけることが肝要と考えています。
世界的に、新しいアイデアを権利化したものに特許があります。特許そのものは研究ではありませんが、逆に、特許化できない研究は、オリジナリティまたは社会への有用性の少なくとも片方が不足している可能性があるかもしれません。昨今では、おそらく予算の都合から国立大学の発明審査はかなり厳しいものになっています。だからかなり有力な発明でもない限り特許化するのが難しくなっています。それでも、指導下の学生達は、みずから考案したアイデアで学内審査をパスして特許出願する水準まで確実に成長しています。彼らは、教員に与えられるのではなく、限定された期間と予算で実行可能な研究テーマを自分の力で立案できる能力を培って、卒業後も、科研費や共同研究費などの競争資金を獲得しています。
本当の仲間をつくろう
現在研究室には留学生を含む数多くの学生さんがいますが、個人志向に生きてきた私とは裏腹に、私が指導してきた学生さん同士はとても良い仲間であり、それこそが人生における大きな価値を有するものであると私は信じています。そして、ここOPTNET.INFOに描かれたネットワークもまた、研究を通じて生まれた仲間であり家族のような存在なのです。ただし、私は誰にでも優しいわけではなく、本当にやる気のある学生さんにしか教授する気持ちがないので、こちらからあなたを勧誘することはありません(学科全体の勧誘はしますが)。学内のWebサイトもずっと更新せず身を隠すようにさえしています。それでも、これまで学内外および海外から多くの優れた若者が、自らの意思によってここに来てくれました。そのことに何よりも深く感謝すると共に、ここに来てくれた学生さんのことは卒業後も全力で応援していきたいと思っています。
以上、研究や教育に関する基本的な考え方を述べさせていただきましたが、少しでも何かあなたの心に残るものがあれば幸いです。もしかしたら、随分と偉そうなことを言うけれど、「それほどの指導力があるのかな」と疑問に思われた方もおられるかもしれません。そんな質問に関しては、私の指導力そのものについて言えば、採点表のようなものがあるわけではないので、卒業生を見ていただくのが一番確実であろうと思います。以下に担当した博士論文の学生さんを紹介させていただきます。
- 第1代 高山佳久君(東海大学)
- 第2代 本間聡君(山梨大学)
- 第3代 二瓶裕之君(北海道医療大学)
- 第4代 文仙正俊君(福岡大学)
- 第5代 舟越久敏君(岐阜大学)
- 第6代 外石満君(ソニー)
- 第7代 伊藤輝将君(東京農工大学)
- 第8代 佐野貴之君(KDDI)
- 第9代 高林正典君(九州工業大学)
- 第10代 若山雄太君(KDDI)
- 第11代 渋川敦史君(カリフォルニア工科大学)
- 第12代 西牧可織君(北海道医療大学)
- 第13代 野澤仁君(アイシン精機)
- 第14代 後藤優太君(修了予定、日本学術振興会特別研究員)
最後になりましたが、
ご訪問いただきました皆様の今後の成功とますますのご発展をお祈りいたします。
2017.8.26
北海道大学大学院情報科学研究科
情報エレクトロニクス専攻 光エレクトロニクス研究室
Atsushi OKAMOTO