今回は、OPTNET.INFO編集委員・清水新平さん(光エレクトロニクス研究室)より、混ざり合った信号を分離することのできる体積ホログラムのお話です。
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1. 体積ホログラム
ホログラフィは光の波面の記録と再生を行う画期的な技術で,1948年にD. Gaborによって発明されました.ホログラフィでは,記録したい情報を持つ物体光と,それを記録・再生するための参照光とを干渉させた干渉縞(ホログラム)を作成します.このホログラムにもう一度参照光を照射すると,ホログラムは回折格子として機能し,その回折波として物体光の波面が再生されます.以上のように,ホログラフィは光の波面,即ち強度情報と位相情報を制御することができる技術として,様々な分野で応用されています.特に,平面だけでなく奥行方向にも形成されたホログラムは体積ホログラムと呼ばれ,多くの有益な特長を持ちます.
体積ホログラムの特長の一つとして,高い回折効率が挙げられます.通常のホログラムでは,所望の物体光成分は+1次回折光として得られますが,その他にも多数の高次回折光が発生します.また,回折されずにそのまま透過する0次光も非常に強く生じます.このような+1次回折光以外の成分は,再生された物体光のみを利用する場合には単純な光パワーのロスとなります.一方で,厚みのある体積ホログラムでは,Bragg回折という回折現象が起こることによって,理論上全ての光パワーを+1次回折光に集約させることができ,高い光利用効率での波面制御を実現します.
もう一つの特長として,多重記録性が挙げられます.Bragg回折では,ホログラムを再生するための読み出し光の波長や入射角度が記録時に用いた参照光と異なる場合,回折光が得られなくなります.この性質を利用することで,記録媒質中の同じ領域に複数のホログラムを多重記録,及び選択的に再生を行うことが出来ます.例として,参照光の入射角度の違いによってホログラムを多重記録する,角度多重記録方式の概念図を図2に示します.
2. 体積ホログラムによる空間モード制御
光ファイバ通信の伝送容量拡大のために検討されているモード分割多重伝送 (MDM) では,複数のシングルモードファイバと一本のマルチモードファイバとを接続するモード合分波器というデバイスが必要となります.モード合分波器はシングルモードファイバ中を伝搬する基本モードと,マルチモードファイバ中を伝搬する高次モードの間を,相互に変換する機能を有します.空間モードは,光の強度分布と位相分布によって分類されており,上記のような処理を実行するためには光の波面を制御する必要があります.そこで当研究室では,前述した体積ホログラムによる波面制御をモード合分波器に応用した手法 (VHM/VHDM: Volume Holographic (De-)Multiplexer) を提案しています(図3).
VHM/VHDMは,基本モード-高次モード間のホログラムを体積的に記録することで作成されます.この時,基本モード-1次モード間,基本モード-2次モード間というように,複数のホログラムを記録しますが,前述した角度多重記録を用いて,記録媒質中の同一の領域に多重記録を行います.このようにして作成されたVHM/VHDMは,下図のように基本モード-高次モード間の変換を相互に行い,一本のマルチモードファイバと複数のシングルモードファイバとの間を接続する,全光学的なモード合分波器として動作します.
近年のMDMに関する研究では扱うモード数が増加してきており,10モードを超える伝送実験が数多く報告されています.そのため,モード合分波器にも高いモード拡張性が求められることになります.多数のモードを処理する方法として,モード数の分だけ光路を用意し,それぞれ別々に処理をする方法が一般的ですが,そのような方法ではデバイスの規模や製造コストがどんどん増大してしまいます(図4).一方で,VHM/VHDMは,体積ホログラムの多重記録性を利用することで,全てのモードを一つのホログラム記録媒質でまとめて処理することが出来ます.従って,扱うモード数が増加してもデバイスの規模が大きくなることはなく,コストの面で非常に優れているといえます(図5).
最後に,VHDMによるモード分離の実行例を示します.図6は実験系です.まず,VHDMを作成する工程では,ビーム径を拡大した後PBS1にて参照光(基本モード)の光路と記録光(高次モード)の光路に分岐します.記録光の光路では,空間光変調器 (SLM) に表示した計算機合成ホログラム (CGH) によって,マルチモードファイバ中を伝搬する空間モードである,LP01,LP11,LP21を逐次的に生成します.その後,記録媒質であるフォトポリマー中で参照光と干渉させ,ホログラムを記録します.参照光の角度は,ミラーと4f系によって記録毎に変化させ,角度多重記録を行います. 実際にモードの分離を行う際には,作製した角度多重体積ホログラムに空間モードを照射します.ホログラムに照射された各モードは,それぞれ自身を記録する際に用いた参照光の角度に基本モードとして回折します.CCDで取得した各モードの入射に対する回折光を,図7に示します.各モードがそれぞれ別の回折角度において基本モード (LP01) に変換されており,モードの分離が正しく行われていることが分かります.
図7 実験結果